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2006年10月14日 (土)

日本の戦争 その2

6_2 ■昨日の「日本の戦争」の最後の章に【「共栄圏」と悲惨な戦場】があります。

 これを読むと先日の澤地久枝さんの講演と重なるところがより具体的に出てきます。不破さんはこの中で次のように書かれています。

「この記録に示された歴史の事実に正面からきちんと向き合うことは、日本の戦争について語るすべての人の最低の義務だと思います。

 それに目をふさいで日本の戦争の真の姿を明らかにするなどと言うのは、あまりにも無責任であまりにもおこがましい」

正面から向き合えば、あの戦争が日本軍国主義の「領土拡張こそ皇国の正義」として戦争を拡大していったことが明らかにされるとしています。

 戦没者の半数以上が餓死者08_5

■この戦争で日本軍は230万人の戦没者を出しましたが、半数以上が餓死者であることも明らかになっているのです。最初の悲劇となったのがガダルカナル島でした。

 ここでは、日本軍は3万1千人を送り込みましたが、アメリカ軍に上陸され、制空権まで奪われ輸送船が使えず、島に残った兵隊は銃剣で突撃作戦などしましたが、米軍の重火器に勝つことはできず補給もたたれ、駆逐艦で兵員を送り込みますが食料は7日分しかもたされず、上陸作戦はことごとく失敗し、軍中央が撤退を決断したときには、1万5千人が餓死をしています。

 この悲劇を本土の軍は生かせず、餓死という悲劇はこのあと日本軍の侵略した太平洋中に広まっていったのです。さらに補給の割とよかった中国でも戦死者45万人のうち多くが、栄養失調による戦病死となっています。 図は各地の軍人戦没者を示したものです。

Senbotusya_1

 原因は補給無視の無謀な作戦、食料は「現地調達」。わかりやすく言えば現地人を殺し、奪いあげるやり方を推し進めたことにあります。このやり方がいまだにアジア各国から日本が受け入れられない大きな原因ともなっているのです。

 ***これ以上の詳しいことはぜひ、「日本の戦争」をお読み下さい。 200円です。

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